怖がっていた人との距離が、少しずつ近づいたハナコさんのストーリー

平凡な女の子が母になるまで

周りと違う学生時代

学生時代から、同級生の男の子達には一切興味が無く、テレビの中の人に明け暮れる毎日を過ごしていました。
恋愛話が大好きな周りの女の子とは、もちろん話が合わず、恋愛感情なんてどうやって持つものなんだろう?と、不思議に思う日々でした。

同級生の男の子に、恋愛感情を持つどころか、「怖い」「何を話して良いか分からない」「どんな表情をすればいいの」など、そんなことを考えているうちに、男の子を目の前にすると、自然と笑顔が消えてしまっていました。

そんな私を見かねた親友が合コンに連れて行ってくれました。 私を気に入ってくれた一回りも年上の男性が居て、お付き合いすることになりましたが、私の気持ちがついていかず、数ヶ月もせずにお別れ。
以前から男性に対して抱いていた気持ちが、さらに大きくなりました。

結婚できないと言われていた私が

周りは「普通に」恋愛をしている頃、勉強ばかりしていた私に、母や祖母が口を揃えていったことがあります。
「ひとりで生きていく為に、知恵をつけなさい」 おそらく、私が周りの女の子と違い、恋愛に全く興味を示さなかったのを勘づいていたのだと思います。 その言葉通り、私は勉学に精を出し、好きな分野を学び、第一志望の会社に就職することができました。

社会人になってから、実家を離れて、初めての一人暮らし。
友達や家族とも離れて、慣れない仕事と一人での生活に寂しさを感じていた頃、匿名で誰とでも話せるアプリをおすすめされて、その中で仲良くなった人が居ました。後に旦那さんとなる人です。
お互いのことを何も知らないからこそ、話せることがたくさんあって、私たちは毎日のようにやり取りをして、気軽に話せるような関係になっていきました。 旦那さんの方から「会いませんか」と提案をしていただいて、初めて会った日のことを今でも鮮明に覚えています。

私は学生時代の頃の気持ちが蘇り、直接顔を見て話すのも、すごく怖かったのですが、なぜか次第に気持ちが和らいでいました。
この人となら、と人生で初めて思えました。

「うちはうち、よそはよそ!」

彼とお付き合いして、約3年後に結婚して、その翌年に娘を授かりました。 若くして亡くなった私の父と同じ誕生日です。
娘を授かってからも、そして子育てをしている今現在でも、私が母親であるという実感が湧きません。

でも、娘が日々成長して、私たちに向けてくれる笑顔を見ると、この子を何としてでも守らねばと思います。
学生時代のあの時の私に言ってあげたいです。
「焦らなくてもいいんだよ」「人と比べることはないんだよ」と。
日本人の良いところでもあり、悪いところでもありますが、周りとの価値観が違うと不安になるものです。
それはずっと変わらないと思います。祖母も母も私を他の女性と比べて、学生時代の私にあんな言葉を言ったんだと思います。
人生、一度きり。
何があるか分からないから、他の人と比べないで、自分の気持ちを大切にして、生きたいと思います。 それを娘にも伝えたいです。

「うちはうち、よそはよそ!」

よもぎ

ライター名:よもぎ

居住地:千葉県

年齢:20代

編集者からひと言: 人と比べず、自分の歩幅で進むことの尊さを教えてもらいました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です